学習性無力感の日々。

学習性無力感の日々。

掠れそうな引きこもりニートの呟き

ハリネズミのジレンマ 学習性無力感に囚われた自分

 このブログを始めたきっかけは自分が今まで内々に秘めていた思いや感情を他人に見てもらいたい、知ってもらいたい、分かってもらいたいから。

 ストレスや苦しみをタイピングで文字に変換しネット上にぶち撒けることで自分は少しでも精神を安定させようとしているのだ。

 今までブログで散々他人が嫌い、他人が怖い、他人が嫌、なんてことを書いてきたのだけれど、実際は誰かに分かって貰いたかった。

 勿論それを口に出せず、口に出したい相手もおらず、口に出しても分かってもらえる訳がないという無力感からブログという不特定多数の誰かに見せる為の場所で発散しているのだけれど。

 他人に分かってもらいたい。でも他人に自分の内面を曝け出すことが怖い。他人に否定されるのが怖い。だから針をむき出しにして他人から自分を守り他人を拒絶する。ハリネズミのジレンマ

 親には自分が伝えたいことを聞いてもらったことはなかった。いつも適当な返しをされてまともに聞いてと頼んでもそれが叶うこともなかった。

 血の繋がった親ですらこの有様だというのに全く見ず知らずの他人に自分のことをわかってもらおうだなんて思うことこそ無理な話。

 ブログなら自分から一方的にネットを通じて他人へと自分のことを伝えられて、尚且それを相手がどう思おうとそれが自分に返って来ることはない。まさに理想的な場所なのだ。

 自分の自己顕示欲を満たすだけで何の解決にもならない。ただの自己満足。

 でもそれで自分が傷つくこともない。非難するコメントが付いたところで所詮は顔も名前も知らない相手から届いた文章だ。簡単に受け流すことができる。

 自分の目の前で言葉を浴びせられることに比べたらどうってことはない。明日になれば忘れられる。いつまでも心の傷として残ることなど無い。

 

 親に分ってもらえず、学校の教師やカウンセラーに傷つけられ、他人に何を話しても無駄で無意味という学習性無力感に囚われた自分が最後に行き着いた先がこのブログ。

 いつ飽きて更新を辞めるかは分からない。飽きる前に自殺に踏み切ってそのまま止まるかもしれない。どうなるかはしらないけど遺言としてこのブログは残しておく。

 どうだって構わない。ただの自分の押しつけ。見ている人なんか関係ない。自分の自己満足100%なのだから。

 何の解決にもならないどうしようもないブログ。精々底辺の末路を娯楽として読んで楽しんでほしい。